最高裁判所第二小法廷 昭和53年(オ)400号 判決 1981年3月20日
上告人
本田亮二
上告人
鈴木初雄
右両名訴訟代理人
木村憲正
被上告人
山本一輝
右訴訟代理人
山中伊佐男
主文
原判決中上告人本田に対し第一審判決別紙目録(一)2、3記載の土地の明渡及び右明渡に至るまでの損害金の支払を命じた部分並びに上告人鈴木に対し同目録(一)2記載の土地の明渡及び右明渡に至るまでの損害金の支払を命じた部分をいずれも破棄し、右部分につき本件を福岡高等裁判所に差し戻す。
上告人らのその余の部分に対する上告を棄却する。
前項の部分に関する上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人木村憲正の上告理由第一点について
準備手続を経ない口頭弁論期日(第一回期日を除く。)の変更は、当事者の合意である場合であつても、顕著な事由の存在が明らかでない限り、これを許さなければならないものではないことは、民訴法一五二条五項、民訴規則一三条の規定に照らして明らかである。そして、本件記録に徴しても、所論第四回口頭弁論期日の変更を必要とする顕著な事由の存在が明らかであつたと認めることはできないから、原審が上告代理人(控訴代理人)の右期日の変更申請を容れなかつたことは相当であり、また、同期日に尋問予定の上告人本田及び被上告人の各本人尋問の採用を取り消して口頭弁論を終結した措置に所論の違法は認められない。論旨は、独自の見解に基づいて原審の措置を論難するものにすぎないものであつて、採用することができない。
同第二点について
当事者の双方が適法な呼出を受けながら口頭弁論期日に出頭しない場合においても、訴訟が裁判をするに熟するときは、裁判所は口頭弁論を終結することが許されるものであるところ(最高裁昭和四〇年(オ)第三六一号同四一年一一月二二日第三小法廷判決・民集二〇巻九号一九一四頁参照)、右審理の終結に際し、裁判長が法廷において判決言渡期日を指定し、これを告知する方法としてその言渡をしたときは、民訴法二〇七条、一九〇条二項により在廷しない当事者に対してその効力を有し、更に右判決言渡期日に出頭すべき旨の呼出状を送達することを要しないものと解すべきである(一方当事者の不出頭の場合についての最高裁昭和二三年(オ)第一九号同年五月一八日第三小法廷判決・民集二巻五号一一五頁参照)。したがつて、原判決に所論の違法はない。なお、憲法第三二条の規定は、何びとも裁判所において裁判を受ける権利があることを保障したものであり、右のような訴訟の経過で判決言渡期日が指定された場合における呼出の要否につき上記のような解釈をすることは同条の定めとなんらの関係もないから、所論違憲の主張はその前提を欠くものであつて、失当である。論旨はいずれも採用することができない。
同第三点及び第四点について
一本訴請求につき、原審が確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 第一審判決別紙目録(一)1記載の土地(以下「本件土地」という。)並びにその地上に存する同目録(二)記載の建物(以下「(二)の建物」という。)及び同目録(三)記載の建物(以下「(三)の建物」という。)は、いずれも上告人本田の父本田平一郎の所有であつたもので、そのうち本件土地と(二)の建物については平一郎がその債権者のため抵当権を設定していたものであるところ、債権者によつて右土地、建物の抵当権が実行され、被上告人が昭和三三年六月一三日競落許可決定により本件土地を競落してその所有権を取得したところから、(二)の建物のためその敷地で本件土地の一部である同目録(一)2記載の土地(以下「A土地」という。)に、また、(三)の建物のためその敷地で本件土地の一部である同目録(一)3記載の土地(以下「B土地」という。)に、更に、本件土地の一部で当時建物の存在していた第一審判決別紙土地実測図記載の(C)部分の土地(以下「C土地」という。)に右建物のため、それぞれ平一郎を権利者とする法定地上権が発生した。
2 次いで、上告人本田は、昭和三四年二月二五日競落許可決定により(二)の建物を競落してその所有権を取得し、更に同年一〇月六日には平一郎から(三)の建物の贈与を受けてその所有権を取得したことに伴い、A土地及びB土地についてそれぞれ法定地上権を取得し、また、C土地についても法定地上権を取得した。その後、昭和三四年一一月ころ、被上告人の父訴外山本千一が被上告人の代理人となり、同人と上告人本田との間で、A・B・C各土地(合計約三〇坪)について法定地上権の地代を一か月三〇〇〇円毎月末日払いとするとの合意が成立し、そのころ上告人本田において同年一一月分の地代を支払つた。
3 昭和三五年五月中旬ころ、上告人本田がC土地に存在していた建物を取り毀したところ、同月一三日、被上告人は、C土地を目的として上告人本田の占有を解き執行吏保管に付する旨の仮処分を得てこれを執行し、かつ、C土地とA・B各土地との境界に板塀を設置して、上告人本田がA・B各土地以外の土地を使用することを不可能にした。そのため、上告人本田は、同年八月一九日石板塀の撤去を命ずる仮処分命令を得て、そのころこれを執行した。
4 以上の経緯ののち昭和三六年四月に至り、被上告人は、長崎地方裁判所に上告人本田を被告としてB・C各土地の明渡を求める訴訟(以下「前訴」という。)を提起した。上告人本田は、右訴訟の係属中である同年一〇月二八日、被上告人に対し、昭和三四年一二月分から同三五年二月分までの一か月三〇〇〇円の割合による三か月分の地代九〇〇〇円を現実に提供したが、被上告人はその受領を拒絶した。ところが、前訴は、その後昭和三八年一〇月中にいわゆる休止満了により訴を取り下げたものと看做されて終了した。
5 その後、(二)の建物は、昭和四二年九月二〇日に上告人本田から訴外本田貴美惠に、次いで、同四三年三月二一日に貴美惠から上告人鈴木に、順次売り渡されたため、A土地についての法定地上権も貴美惠を経て上告人鈴木の承継取得するところとなつた。
6 A・B・C各土地の地代については、上告人本田が昭和三四年一一月分の支払をし、昭和三六年一〇月に同三四年一二月分以降三か月分について弁済の提供をした以外に、上告人本田において弁済の提供をしたことや、同上告人、貴美惠及び上告人鈴木においてその支払をしたことはない。
二被上告人の本訴請求は、右事実関係のもとで、B土地については、上告人本田が昭和三四年一二月分以降引続き二年以上約定にかかる地代の支払をしなかつたことを理由として、民法二六六条、二七六条の規定に基づき、被上告人から同上告人に対する昭和四五年一〇月五日到達の書面をもつて地上権消滅の請求をしたことにより、同上告人の有する法定地上権が消滅したとして、同上告人に対し、(三)の建物の収去によるB土地の明渡と延滞にかかる約定地代及び右土地明渡ずみに至るまでの地代額相当の遅延損害金の支払を求めるものであり、また、A土地については、上告人本田が昭和三四年一二月分以降地代の支払をせず、また同上告人から地上権を順次承継した貴美惠及び上告人鈴木もまた地代の支払をしなかつたことを理由として、前記法条に基づき、被上告人から同上告人に対する昭和四五年一〇月八日到達の書面をもつて地上権消滅の請求をしたことにより同上告人の有する法定地上権が消滅したとして、同上告人に対し(二)の建物の収去によるA土地の明渡と延滞にかかる約定地代及び右土地明渡ずみに至るまでの地代相当の遅延損害金の支払を求め、また、(二)の建物に居住する上告人本田に対し同建物から退去によるB土地の明渡を求めるものである。
三次に、本訴請求についての原審の判断の概要は、次のとおりである。すなわち、(1) 土地所有者が法定地上権の存在を否認して地代の受領を拒絶し、又はあらかじめその受領を拒絶している場合には、右受領拒絶の態度を変更しない限り、口頭の提供をも要しない、(2) しかしながら、受領拒絶の態度を表明したのち相当長期間を経過し、あるいはその態度の変更と目される徴候が認められるなどの事情の変更により土地所有者の受領拒絶の意思が明確とはいえなくなり、むしろ受領の可能性が生じている場合には、信義則に照らし、地上権者は、遅滞なくその態度に即応する程度の履行の提供をすべきであり、これをしないときは、右時点以降履行遅滞の責を免れない、(3) 本件において、上告人らは、C土地についてはともかく、A・B土地については十分にこれを利用しているから右各土地の面積の割合に相当する地代額についてはその支払義務を負うところ、被上告人は、昭和三六年四月、上告人本田に対しB・C各土地の明渡を要求して前訴を提起したから、その係属時から前訴が終了した昭和三八年一〇月までの間は、上告人本田の法定地上権の存在を否認し、B・C各土地についての地代の受領を明確に拒絶していたものと推認することができ、同上告人は右訴訟の係属期間中は右各土地の地代の支払につき遅滞の責を負うことがない、(4) しかしながら、前訴は昭和三八年一〇月に休止満了となり訴を取り下げたものとみなされて終了したのであり、被上告人は、前訴を休止満了とすることによつて、上告人本田が現に使用中であつたB土地についての明渡請求を撤回したものということができるから、被上告人は右時点以降B土地についての地代の受領拒絶の態度を変更したものとみるべきである。したがつて、上告人本田は、右時点以降遅滞なくB土地の地代につき履行の提供をすべきであつたものであり、本件訴訟が提起された昭和四三年六月までの間引き続き四年以上にわたり地代の支払を怠つていたことになる、(5) 次に、A土地は前訴において明渡請求の対象とならなかつた土地であるから、その地代については被上告人の受領拒絶の意思が明確であつたと推認することはできない(なお、上告人本田が昭和三六年一〇月二八日にした昭和三四年一二月から同三五年二月分までの三か月分の地代の提供は、債務の本旨に従つたものとはいえず、弁済提供としての効力を認めることができない。)、したがつて、A土地については、上告人鈴木は、その前々主である上告人本田及び前主である貴美惠が権利者であつた期間を通算して昭和三四年一二月から同四三年三月二〇日までの間引き続き八年以上にわたり地代の支払が遅滞の状態にある法定地上権を承継取得したことになる、(6) それゆえ、被上告人が、B土地につき上告人本田に対し、A土地につき上告人鈴木に対し、それぞれした本件地上権消滅請求はいずれも有効であり、各意思表示の到達により上告人らの右各土地についての法定地上権は消滅した。
原審は、以上の判断により、被上告人の上告人らに対するA・B土地の前示明渡請求の全部並びにこれに伴う地代請求及び遅延損害金請求の一部を認容した。
四しかしながら、被上告人のした地上権消滅請求の効力を認めた原審の判断は、たやすくこれを首肯することができない。その理由は、次のとおりである。
1 債権者が契約の存在を否定する等弁済を受領しない意思が明確であると認められるときは、債務者は、言語上の提供をしなくても債務不履行の責を免れるものと解すべきであること(最高裁昭和二九年(オ)第五二二号同三二年六月五日大法廷判決・民集一一巻六号九一五頁)、建物の賃貸借契約において、賃貸人が現実に提供された賃料の受領を拒絶したときは、特段の事情のない限り、その後において提供されるべき賃料についても、受領拒絶の意思を明確にしたものと解すべきであり、右賃貸人が賃借人の賃料の不払を理由として契約を解除するためには、単に賃料の支払を催告するだけでは足りず、その前提として、受領拒絶の態度を改め、以後賃料を提供されれば確実にこれを受領すべき旨を表示する等、自己の受領遅滞を解消させるための措置を講じなければならないものであること(最高裁昭和四二年(オ)第八〇三号同四五年八月二〇日第一小法廷判決・民集二四巻九号一二四三頁)は、いずれも当裁判所の判例とするところであつて、右の法理は、本件のように、土地所有者が地上権者に対し地位の支払の遅滞を理由として民法二六六条、二七六条の規定に基づき地上権の消滅を請求する場合においても妥当するものと解すべきである。そして、これらの判例の趣旨に徴すれば、地代債務の支払につき土地所有者が受領遅滞にあるか、又は受領遅滞とはいえなくても、契約の存在を否定する等弁済を受領しない意思が明確であると認められるため地上権者が地代債務につき言語上の提供をするまでもなく債務不履行の責を免れるという状況のもとで、土地所有者が前記法条に基づき地上権を消滅せしめるためには、単に地上権者が引き続き二年以上地代の支払をしなかつたということだけでは足りず、その前提として、土地所有者が受領拒絶の態度を改めて、以後地代を提供されればこれを確実に受領すべき旨を明らかにし、その後相当期間を経た場合であるか、又は相当の期間を定めて催告をしたにもかかわらず地上権者がこれに応じないまま右期間を徒過した場合である等自己の受領遅滞又はこれに準ずるような前記の事態を解消させる措置を講じたのちであることを要すると解するのが相当である。けだし、前記法条に基づき地上権消滅請求の意思表示をするためには、継続して二年分以上の地代の不払があるというだけでは足りず、右不払につき地上権者の責に帰すべき事由がなければならないからである。
2 本件についてこれをみるに、原審は、一般論としては前示のとおりの前提に立つうえ、(1) まずB土地についてされた地上権消滅請求の効力を判断するにつき、被上告人が昭和三八年一〇月に前訴を休止満了としたことは、とりもなおさず被上告人においてB土地についての明渡請求を撤回し、右時点以後B土地についての地代の受領拒絶の態度を変更したものとみるべきであつて、上告人本田は右時点以降遅滞なくB土地の地代につき履行の提供をすべきことになつた、というのである。しかしながら、一般に、ある土地を目的とする明渡請求訴訟が休止満了となつたことにより訴の取下げと看做されて終了したからといつて、当該訴訟の原告が該土地に対する明渡要求を撤回し、その土地の地代や賃料についての受領拒絶の態度を変更したと断定することはできないというべきである。のみならず、記録によつて本件訴訟の経過をみると、被上告人が昭和四三年六月一四日に本件訴訟を提起した際における訴状記載の請求の趣旨及びその原因は、A土地及びB土地に対する上告人らの占有が不法占拠であるとの主張のもとに、右各土地の所有権に基づき上告人らに対しそれぞれ、(二)及び(三)の建物の収去ないしは退去によるA・B各土地の明渡を求めるとともに、上告人本田に対しては昭和三三年六月一八日が同上告人のB土地に対する不法占有の始期であると主張して同日から右明渡ずみに至るまでの借地料相当の損害金又は不当利得金の支払を求め、上告人鈴木に対しては昭和四三年三月二六日が同上告人のA土地に対する不法占有の始期であると主張して同日から右明渡ずみに至るまでの損害金の支払を求めるというにあり、他方、上告人ら提出の答弁書に記載された抗弁事実は、A・B土地についての法定地上権の成立を主張するものであり、いずれも昭和四三年八月三日の第二回口頭弁論期日において陳述されたところ、その後事件が職権をもつて調停に付されるなどして訴訟手続が進行しないまま経過し、昭和四五年二月、右調停が不調となつて訴訟手続が再開されたが、被上告人は、同年一〇月に至つて前示のように上告人らに対し訴訟外で地上権消滅請求の意思表示をしたうえ、同年一二月一七日の第一二回口頭弁論期日において、上告人ら主張の法定地上権の抗弁を認める陳述をし、再抗弁として前示地上権消滅請求の意思表示をした旨の主張をし、更に、同四六年五月一三日の第一三回口頭弁論期日に提出された訴状訂正の申立書と題する書面により、請求の趣旨とその原因を第一審判決の事実摘示と同一のものに改めたことが明らかである。しかも、その記載からして上告人ら各自に対する右地上権消滅請求の意思表示を記載した書面であることが明らかな甲第一、二号証には、それぞれ、「貴殿は地上権を有する旨主張するが、それは否認する。仮に貴殿が地上権を有するとしても、……本書をもつて右地上権の消滅を請求する意思表示をする。」との記載があることが明らかである。右事実関係によれば、被上告人は、むしろ前訴が休止満了となつて訴訟が終了したのちにおいても、上告人らのA・B土地に対する地上権の存在を否認する態度に出ていたものであつて、その態度は右地上権消滅請求の意思表示をした時点においてさえも持続されていたことが窺われるのである。したがつて、前訴が休止満了となつて終了したとの事実から直ちに被上告人が受領拒絶の態度を改めたものと推認した原審の事実認定には、経験則の適用を誤つた違法があるものといわなければならない。(2) 次に、原審は、A土地についてされた地上権消滅請求の効力を判断するにつき、A土地が前訴における明渡請求の対象とならなかつた土地であることを理由として、A土地の地代については被上告人の受領拒絶の意思が明確であつたと推認することができないとするのであるが、被上告人によりA土地についての地上権消滅請求の意思表示がされるまでの間、被上告人がA土地についても上告人らの地上権の存在を否認していたものと窺われることは、前示のとおりである(なお、原審は、前示のとおり、上告人本田が昭和三六年一〇月二八日に被上告人に対してした昭和三四年一二月分以降三か月分の地代についての弁済の提供の効力を否定しているが、原審の確定したところによれば、地代は月払いの約定であつたというのであり、弁済の提供をした時点における延滞額の全部を提供しなかつたからといつて、直ちに提供の効力を全部否定する理由はないから、被上告人は、特段の事情のない限り、右提供にかかる三か月分の地代に関しては受領遅滞に陥つたものというべきであり、受領拒絶の事情によつては被上告人はA土地についてその後の地代の受領を拒絶する態度を明確にしたといえる場合があるのであり、冒頭掲記の判例の趣旨に徴し、更にこの点についても審理を尽すべきものである。)。してみれば、A土地の地代については被上告人の受領拒絶の意思が明確であつたと推認することができないとする原審の事実認定にもまた採証法則に違背したか、又は経験則の適用を誤つた違法があるものといわなければならない。(3) そして、原判決の右各違法は、被上告人のした上告人らに対する地上権消滅請求の効力を認めた判断に、ひいて原判決中、上告人本田に対し(三)の建物の収去によるB土地の明渡及び右明渡に至るまでの損害金の支払を命じた部分、(二)の建物から退去によるA土地の明渡を命じた部分並びに上告人鈴木に対し(二)の建物の収去によるA土地の明渡及び右明渡に至るまでの損害金の支払を命じた部分の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は右の限度で破棄を免れず、右部分についてはなお審理を尽くさせる必要があるので、その限度で本件を原審に差戻すべきである。
しかしながら、原判決中その余の部分(上告人らに対しそれぞれ延滞にかかる地代の支払を命じた部分)についての上告は理由がないことが明らかであるからこれを棄却すべきである。
よつて、民訴法四〇七条、三九六条、三八四条、九五条、九三条、八九条に従い、裁判官の全員一致で、主文のとおり判決する。
(鹽野宜慶 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 宮﨑梧一)
上告代理人木村憲正の上告理由
第一点 原判決には審理不尽の違法がある。
原審は、昭和五二年一〇月二五日の第四回口頭弁論期日において、上告代理人(控訴代理人)及び被控訴代理人双方不出頭のまま当日尋問予定の上告人(控訴人)本田亮二及び被上告人(被控訴人)山本一輝の採用(第一回口頭弁論)を取消した上、弁論を終結した。
しかし、上告代理人は右期日に上告人が旅行のため差支えるので同年一〇月二四日、あらかじめ被控訴代理人の同意を得た上、右弁論期日の変更申請をなしたのに対し、原審裁判長はこれを却下し、右のとおり上告代理人及び被控訴代理人双方不出頭のまま期日を実施して弁論を終結したものであつて、審理を尽さなかつた謗を免れない。
本件のように準備手続を経ない口頭弁論の変更は「顕著ナル事由」の存する場合に限つて許されるが(民事訴訟法第一五二条第五項)、これは当事者一方の恣意によつて訴訟が遅滞することを防止するための制限であるから、仮に顕著な事由が認められないとしても、相手方の同意があるときは、訴訟遅延の意図等特段の事情がないかぎり、裁判所は期日の変更を許すべきであり、それが民事訴訟における当事者主義の原則にも適うものである。
しかして、本件では、上告代理人は本件第四回口頭弁論期日において尋問予定の控訴人本人が差支えるため出頭できない事由を明示し、かつ被控訴人の同意を得て期日の変更申請をしたのに対し、原審がこれを却下し、弁論を終結したことは、明らかに審理不尽の違法があつたものというべきである。
第二点 原判決には訴訟手続に違背した違法がある。
原審は、昭和五二年一二月一三日の判決言渡期日の呼出状を上告代理人及び被控訴代理人に送達せず、同期日に上告代理人及び被控訴代理人双方不出頭のまま判決を言渡している。
しかしながら、民事訴訟法第一五四条は「期日ニ於ケル呼出ハ呼出状ヲ送達シテ之ヲ為ス」と規定しており、判決言渡期日の呼出状も送達しなければならないものである。
判例は、判決言渡期日を指定して告知したときは、その告知は、民事訴訟法第二〇七条において準用する同法第一九〇条第二項により、当該口頭弁論期日に在廷していなかつた当事者に対してもその効力を有するから、さらにその者に対し右判決言渡期日の呼出状を送達することを要しないものとしているようであるが、しかし、民事訴訟法第一五四条但書は、「当該事件ニ付出頭シタル者ニ対シテハ」と明記しており、「言渡された裁判において期日が指定されたときは、呼出を必要としない」とするドイツ民事訴訟法第二一八条のような規定のないわが民事訴訟法においては、第一五四条但書の文言にしたがつて、期日の告知が呼出の効果を件うのは「当該事件ニ付出頭シタル者」だけに限られるのであり、第一五四条は呼出に関する特別規定であつて、これによつて第一九〇条第二項の準用は排除されているのである。
判決言渡期日の呼出について、その期日の告知のときに当事者が在廷していなかつた場合でも呼出状の送達を必要としないものとするのは、第一五四条但書の文言と抵触するのみならず、呼出という被呼出人に対する確実な伝達を目的とすの事務面を無視し、当事者に訴訟行為をする機会を保障するという訴訟における呼出の目的・機能を無視したものであつて、国民の裁判を受ける権利を保障した憲法第三二条に違背した解釈といわざるをえない。
第三点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違背がある。
(イ) すなわち、原判決は、その理由として引用する第一審判決の理由第二項(四)において、まず一般論として「およそ、地上権者が土地所有者に対し地代の支払義務を負うばあい、各月の地代の支払につき履行遅滞の責任を免れるためには、地上権者が土地所有者に対し、先ず債務の本旨に従つた弁済の提供(現実の提供)をなすことを要する。そして土地所有者がその法定地上権の存在を否認して地代の受領を拒絶し、或いは予めその受領を拒絶している場合、土地所有者において、爾後、或いは当初より地代の受領拒絶の意思明確であると推認しうるであろうから、土地所有者においてその受領拒絶の態度を変更しない限り、口頭(言語上)の提供をもなすことを要しないと解し得る。
しかしながら、その受領拒絶の態度表明後、相当長期間を経過し、或いはその態度の変更と目される徴候が認められるなどの事情の変更により、土地所有者の受領拒絶の意思明確といえなくなり、むしろ受領の可能性が生じている場合、信義則に照らし地上権者は遅滞なくその態度に即応する程度の履行の提供(現実または口頭の提供)をなすべきであり、これをなさない場合地上権者は右時点以降履行遅滞の責任を免れないものというべきである。」と説示し、本件において、被上告人(原告、被控訴人)が上告人(被告・控訴人)本田亮二に対しB・C各土地部分につき明渡訴訟をなしていた昭和三八年一〇月までは、右上告人はB部分の地代部分につき口頭の提供をするまでもなく遅滞の責任を負わないが、被上告人は、「右訴訟を休止満了とすることによつて、右土地部分中少なくとも同被告(上告人)占有使用中のB部分についての明渡請求を消極的形態ではあるが撤回したものというべく、原告(被上告人)は右時点以後B部分の地代部分につきその受領拒絶の態度を変更したものと見るべきであり、同被告(上告人)は右時点以降遅滞なく同部分の地代部分につき履行の提供をなすべきである。」と判断した。
(ロ) しかしながら、土地所有者の地代受領拒絶の態度表明後、その態度が変更し地上権者が遅滞なく地代の履行の提供をなさねばならなくなつたというためには、単に相当長期間を経過したとか、その態度の変更と目される徴候が認められるなどの消極的な事情の変更によつて、土地所有者の受領拒絶の意思が明確といえなくなり、むしろ受領の可能性が生じている、という程度のものでは足りず、土地所有者が受領拒絶の意思を変更し、その後は地代を受領すると相手方を確知させるに足りる意思表示をなすことを要すると解すべきであり、さもなければ、地上権者としては、自らの関知しない消極的な事情の変更により知らぬ間に履行遅滞の責任を負うことになるおそれがあり、地上権者にとつて酷な結果を招くことになりかねない。反面、右のように解しても、土地所有者に対しては地代を受領する旨の明示の意思表示をする負担を負わせるにとどまり、そのほかには何らの不都合も生じないのである。
ちなみに賃貸借契約の解除については、最高裁判所は民法四一三条に関連して、「建物の賃貸人が現実に提供された賃料の受領を拒絶したときは特段の事情がないかぎり、その後において提供されるべき賃料についても、受領拒絶の意思表示を明確にしたものと解すべきであり、右賃貸人が賃借人の賃料の不払を理由として契約を解除するためには、たんに賃料の支払を催告するだけでは足りず、その前提として受領拒絶の態度を改め、以後賃料を提供されれば確実にこれを受領すべき旨を表示する等、自己の受領遅滞を解消させるための措置を講じなければならない」(最高裁判所昭和四二年(オ)第八〇三号同四五年八月二〇日第一小法廷判決、集二四巻九号一二四三ページ)と判示している。
本件においては、被上告人は、単にB、C各土地部分についての明渡訴訟を休止満了により終了させたにとどまり、上告人本田亮二に対し、何ら受領拒絶の態度を変更してその後は地代を受領すると確知するに足りる意思表示もしなかつたのであるから右上告人は、被上告人がB部分の地代部分につきその受領拒絶の態度を変更したものとしてその履行の提供をなすべき義務はなく、すなわち右地代部分につき履行遅滞の責任を負わず、したがつて、被上告人のB部分についての法定地上権消滅請求は、民法第二六六条の準用する同法第二七六条の「小作料ノ支払ヲ怠リ」という要件を欠くもので何ら効力を有しない。
(ハ) また仮に、前記の原判決の一般論が正しいとしても、本件においては、被上告人はB、C各部分についての明渡訴訟を昭和三八年一〇月に請求の放棄や明示の取下げによつて終了させたわけではなく、単に休止満了という不作為により終了させただけであり、原判決のいうように「B部分についての明渡請求を、消極的形態ではあるが、撤回したもの」ということはできず、仮にそうだとしても、それにより被上告人が地代受領拒絶の態度を変更したものとは、原判決の説示する前記の一般論をもつてしても、未だ判断することはできず、したがつて、右上告人はB部分の地代部分につき履行遅滞の責任を負うものではなく、被上告人のB部分についての法定地上権消滅請求は、何ら効力を生じない。
(ニ) 次に、A部分の地代部分に関して、原判決は、「A部分については、原告(被上告人)と被告(上告人)本田亮二との間の前回の明渡訴訟で、対象外であつた部分であり、同部分についての地代部分の受領拒絶が明確であつたものとも推認し得ない。」と説示するが、たとえA部分が右明渡訴訟で対象外であつた部分であるとしても、原審の確定した事実によれば、A、B、C各土地部分はともに同一地番の土地の一部であり、A、B部分の上にそれぞれ存在する本件(二)及び(三)の建物はともにもと上告人本田亮二の父である訴外本田平一郎の所有で、右明渡訴訟当時はともに右上告人の所有に属しており、地代についても特にA、B、Cの各部分につき別個独立に定めることなく合計で三、〇〇〇円と定められていたことなどの点を考慮すると、A部分についてB部分と異つた取扱いをする理由はなく、A部分の地代部分についても、被上告人の受領拒絶が明確であつたと判断できるのである。したがつて、A部分の地代部分についても、上告人らは履行遅滞の責任を負うことはなく、被上告人のA部分についての法定地上権消滅請求は、何ら効力がない。
(ホ) 以上のように、A、B各部分についての被上告人の法定地上消滅請求は、その要件を失き無効であり、上告人らはA、B各部分について法定地上権を有するものであるところ、原判決がこれに反した判断をしたのは、民法第二六六条、第二七六条ほかの法令の解釈適用を誤つた違法あるものというべく、その違法は原判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、到底破棄は免れないと思料する。
第四点 原判決には法令の適用の誤りないし審理不尽の違法がある。
(イ) 上告人は一審において、被上告人が地代につき受領遅滞があるので上告人には履行遅滞の責任はないから地上権消滅の意思表示は効力を生じていない、と主張し、その基礎となる事実として第一審における準備書面(第弐回)第一項記載の事実の存在を主張した。
(ロ) これに対し一審判決は概略次のような事実を認定し原審もその認定を是認した。すなわち
上告人本田は本件土地(B・C部分)及びA部分につき昭和三四年に法定地上権を取得したが同年一一月ごろ被上告人代理人山本千一との間に右A、B、C部分につき一ケ月金三、〇〇〇円という地代の取決めをなし、そのころこれを支払つた、昭和三五年五月中旬ごろ被上告人は上告人本田がC部分にあつた風ろ場等を含む建物を取壊したところ間髪を入れず右C部分につきその占有を解いて執行史保管とする仮処分をえてその執行をなし現在も上告人においてその使用をなしえない状態である、被上告人は更にひそかに夜陰に乗じ上告人が地上権を有する土地の中に板べいを構築しA・B部分以外の土地を使用できぬようにしたがこれは上告人よりの仮処分により取払われた、昭和三六年四月被上告人は上告人に対し右A・B部分の明渡を求めて訴訟を提起した、昭和三六年一〇月上告人本田は昭和三四年一二月より三五年二月までの三ケ月分合計金九、〇〇〇円を被上告人へ現実に提供したがその受領を拒否された、その後昭和三八年一〇月右訴訟は休止満了によつて終了した。
一審並びに原審は右認定した事実のうえにたつてC部分については昭和三五年五月中旬以降上告人において使用不能であるから履行遅滞はないが、A・B部分については昭和三五年五月から昭和三八年一〇月右訴訟が終了するまでの間は地代の受領を明確に拒絶していることになるが、現実に使用しているのであるから右訴訟終了以後は履行遅滞になり、したがつて昭和四五年一〇月五日になした地上権消滅の意思表示は有効である、と判断している。
(ハ) しかし受領遅滞にあるか否かは、被上告人が地上権消滅の意思表示をなした昭和四五年一〇月五日の時点で判断すべきことであるのに、原審も一審も右の時点における当事者間の状況については全く事実認定を欠いており、したがつて法律上の判断もなしていない。
この点につき上告人らは一審において、「昭和四三年六月になつて原告(被上告人)は先に休止満了となつたと同じ請求原因で本件訴を提起したが、地代三、〇〇〇円支払の約束は無視し、前回の訴訟において被告(本件上告人)の主張が地上権の主張であることは充分わかつているにもかかわらず、土地の不法占拠を主張していた。」(一審における上告人準備書面第弐回第一項五)と主張したが原審も一審も何ら判断を示さなかつた。
この点については本件訴訟の記録自体から裁判所にとつて明かなことであるが、次のような事実が認められる。すなわち、
被上告人は昭和四三年六月四日に本件訴を提起し、土地の明渡と損害金を請求した。損害金は被上告人が本件土地の所有権を取得した昭和三三年六月一八日から一ケ月金一万円の割合による請求であつた、したがつてこの時点では被上告人は上告人本田が取得した法定地上権の成立も、被上告人の代理人山本千一と締結した地代を一ケ月金三、〇〇〇円という約定も、いずれも否定したうえで右のような訴を提起しているのである。
本件訴訟において上告人は前訴と同じく地上権の成立と地代の約定を主張したのに対し、被上告人は地代相当損害金の鑑定を求め、昭和四四年九月二〇日の口頭弁論では、鑑定の結果を援用した、その後本件は宅地建物調停に回付されたが不調となり、昭和四五年九月二二日の口頭弁論においては被上告人本人尋問が採用となり一二月一七日尋問することとなつた。
このように本件訴提起以来、上告人は地上権の成立並に地代の約定については終始否定する態度を崩さなかつた、ところが被上告人は突然同年一〇月五日地代を二年以上支払わなかつたことを理由に地上権消滅の意思表示(甲第一、二号証の各一、二)をなしてきたものである。
(ニ) 右のように被上告人が地上権の消滅請求をした昭和四五年一〇月五日の時点では、被上告人は上告人が本件土地につき何らの権限なく占有をなしていることを理由として土地の明渡を求め、昭和三三年六月一八日から地代相当損害金の支払を求めてその額は合計金一万八、〇〇〇円であると主張しているのである。
上告人は前訴以来本件土地につき法定地上権が存し、その地代は一ケ月金三、〇〇〇円に取決められている、といつているのであるから、被上告人は明かに上告人の主張を争つているのであつて、地代の受領を拒絶していることは明白なのである。
(ホ) 原判決は地上権消滅の意思表示につき民法第四一三条(債権者の受領遅滞)を適用するにあたり、右意思表示の時点での受領遅滞の有無を判断しなければならぬのにこれをしなかつたのは民法四一三条の解釈適用に誤りがあるか、あるいは審理不尽の違法がある。
ちなみに契約解除にあたり受領遅滞の有無は解除の時点において判断すべきであることは、最高裁判所の判例においても当然の前提とされていることは、最高裁判所昭和四五年八月二〇日、昭和四二年(オ)第八〇三号事件第一小法廷判決(集二四巻九号一二四三ページ)、昭和三五年一〇月二七日、昭和三一年(オ)第六八六号事件第一小法廷判決(集一四巻一二号二七三三ページ)等多数にのぼつている。